「呪いの人形が、なぜか人間を幸せにしてしまう。」
タイトルだけなら、いかにもホラー小説なのだが、実際に読んでみると、これはかなり変な「ハートフルコメディ」だった。
藤崎翔の『お梅は呪いたい』は、古民家の解体中に発見された日本人形「お梅」が主人公。お梅は戦国時代に作られ、かつては大名一族を滅亡させるほどの呪いの力を持っていた。ところが約500年ぶりに現代へ復活すると、昔のようにはいかない。人間を呪い殺そうとするたびに、なぜか相手が幸せになってしまうのである。
しかも、お梅本人には「人を幸せにしてあげよう」という気持ちはまったくない。
あくまで「呪いたい」。
ここが面白い。
物語は「ぷろろをぐ」「ゑぴろおぐ」に挟まれ、実質的には5つのエピソードからなる連作短編形式。それぞれ、お梅が関わる人間たちの人生が描かれ、底辺YouTuber、失恋した女性、引きこもりの男性、老婆と子供など、さまざまな人物の人生にお梅の呪いが介入していく。しかも各章の人物や出来事が後からつながっていくため、単純な一話完結のコメディではない。
最初のターゲットは興味本位でお梅を引き取った底辺YouTuber。
「今度こそ人間を呪ってやる」
と意気込むお梅なのだが、呪いが効かないどころか、なんと自分が動いているところを撮影され、心霊動画としてバズってしまう。
戦国時代なら恐怖の象徴だった呪いの人形が、令和では「バズるコンテンツ」になってしまう。
500年のブランクが長すぎる。
この時点ですでに笑ってしまう。
しかも、お梅は人間の負の感情を読み取り、それを増幅する能力を持っている。悲しんでいる人間をさらに悲しませ、怒っている人間をさらに怒らせる。ところが、それによって本人が感情を吐き出したり、状況が変わったりして、結果的に人生が好転してしまう。
つまり、お梅が一生懸命「呪っている」のに、読者から見ると「救っている」のである。
このズレが本作の最大の魅力だと思う。
そして、個人的に好きなのは、お梅が完全な「怖い人形」ではなく、妙に人間臭いところだ。
ある場面では、子供に自分を欲しがってもらおうとする。しかし子供から「いらない」と拒絶されると、人形なのに「人形として悔しい」と感じてしまう。
ここまで来ると、もう呪いの人形というより、プライドの高い女の子である。
「人を呪い殺す」という物騒な使命だけは忘れないのに、現代社会の常識には戸惑い、自分が不人気なのには傷つく。
このギャップが妙にかわいい。
そして、単純なコメディだと思って読み進めると、後半から少し雰囲気が変わってくる。
お梅が関わる人々は、それぞれ恋愛、家族、孤独、仕事、老いなどの問題を抱えている。お梅は当然、それを解決してあげようとは思っていない。むしろ「もっと苦しめ」と思って呪っている。
なのに、結果として人間たちは少しずつ前を向いていく。
作中には、
「人間、どんなに嫌なことがあっても、生きていればいずれ必ずいいこともあるのだ」
という趣旨の印象的な言葉も出てくる。
これが、この小説の意外なところだと思う。
呪いというものを題材にしながら、最終的には「人間は生きていれば何かが変わる」という、かなり真っ当な話になっている。
ただし、そこを感動小説として押しつけてこないのがいい。
お梅本人は最後まで「私は呪いたいのだ!」というスタンスだからである。
読者からすれば、
いや、それもう完全に人を幸せにしてますけど。
となる。
そして物語が進むにつれて、別々に見えていた登場人物たちの人生がつながっていく。最初は脇役に見えた人物が後の章で意味を持ってきたり、何気ない出来事が伏線になっていたりする。このあたりは藤崎翔らしい仕掛けで、読み終わってから最初に戻ると見え方が変わるタイプの小説だ。
考えてみれば、「呪い」と「救い」は案外近いのかもしれない。
人間を不幸にしようとして余計なことをした結果、本人が自分の問題と向き合うことになる。
誰かを苦しめようとしたことが、別の誰かを助けることになる。
本人の意図と結果がまったく一致しない。
これは、お梅だけではなく人間の人生そのものにも似ている。
努力したのに失敗することもあれば、失敗したと思ったことが後から役に立つこともある。人生は「こうしたから、こうなる」とは限らない。
だからこそ、500年前の呪いの人形が令和の人間を呪おうとして、ことごとく失敗する姿が妙に笑えて、最後には少しだけ温かい気持ちになる。
「呪いたい」のに「救ってしまう」。
このタイトルそのものが、最後まで読むと別の意味に見えてくる。
ホラーだと思って手に取ると肩透かしを食らうかもしれない。
でも、呪いの人形が現代社会に放り込まれたらどうなるのか、という設定だけでもかなり面白いし、笑いながら読んでいるうちに、いつの間にか人間の人生について考えさせられる。
そして何より、お梅が今日も元気に「呪いたい」と頑張っているのに、誰も呪えない。
こんなに物騒なのに、こんなに平和な呪いの物語も珍しい。

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