「人類は、なぜここまで大きな脳を持つようになったのか?」――この問いに、ダンバーは「賢くなったから」と単純には答えない。むしろ、人間の進化を考える鍵は、私たちが一日に使える「時間」と、他者との「つながり」にあるという。
ロビン・ダンバーの『人類進化 私たちはいかにしてヒトになったか』は、「ダンバー数」で知られる進化心理学者が、人類の進化を社会性という観点から描き直した本である。河出文庫版では全9章、約400ページにわたり、人類の誕生から新石器時代までを追っていく。
第1章「人類とはなにか、いかに誕生したのか」から始まり、第2章「なにが霊長類の社会の絆を支えたか」、第3章「社会脳仮説と時間収支モデル」と続く。ここで本書の基本的な考え方が提示される。脳、とくに新皮質が大きくなったのは、単に道具を使ったり、複雑な環境に対応したりするためだけではなく、「他者とうまくやっていく」必要があったからではないか、というのである。
面白いのは、進化を「脳が大きくなった」という話だけで終わらせないところだ。
第4章ではアウストラロピテクス、第5章では初期ホモ属、第6章では旧人、第7章では現生人類を取り上げ、それぞれの段階で「時間収支の危機」にどう対応したのかを考えていく。そして第6章のタイトルにある「料理と音楽、眼と脳」など、一見すると人類進化とは関係なさそうなものまで、社会生活との関係から説明される。
特に興味深かったのは、「毛づくろいとしての音楽」「宗教、儀式、集団の規模」「なぜヒトの社会は階層が多いのか」「死後の世界」といった話題だ。
つまり、人間は一人で生きるために賢くなったのではなく、大勢の人間と一緒に生きるために賢くなったのではないか。
第8章「血縁、言語、文化はいかにつくられたか」を経て、第9章「私たちは『何者』か――第五移行期・新石器時代以降」へ進むと、農耕や定住までがこの壮大な物語の中に組み込まれていく。
人類史というと、火を使い、道具を作り、二足歩行し、巨大な脳を獲得して文明を築いた、という英雄譚になりがちだ。しかしダンバーの描く人類は、もっと社会的な生き物だ。
考えてみれば、現代人も一日の大半を他人との関係に費やしている。仕事、家族、友人、SNS、雑談、噂話……。私たちは思っている以上に「人間関係」という巨大な仕事をしている。
もしかすると、人類の歴史とは、道具や文明の歴史である以上に、「どうすればこんなにたくさんの人間と一緒に生きていけるのか」という問題を解き続けてきた歴史なのかもしれない。
そう考えると、現代社会の人間関係まで、少し違って見えてくる。人間について知りたい人には、かなり刺激的な一冊だと思う。

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