『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップの内容とは?

クイズ番組で、賞金100億ルピーを獲得した青年が逮捕された。

「どうして、無学なスラムの少年が、全問正解できたのか?」

主人公ラム・ムハンマド・トーマスは、たしかに学校らしい学校には通っていない。なのに、12問の難問に正解してしまう。八百長を疑われ、警察に連行された彼が語り始めるのは、これまでの壮絶な人生だった。

物語は「第一問 運命」「第二問 ラーマとシーター」「第三問 犯罪者の天国」といった具合に、クイズの問題をきっかけとして、ラムの過去へと飛んでいく。

そして、彼がなぜその問題の答えを知っていたのかが、一つずつ明らかになっていく。

これが実に面白い。

孤児として育ち、貧困、犯罪、暴力、宗教対立、児童虐待、売春など、インド社会の暗い部分を次々と経験していくラム。しかし、その経験がいつの間にかクイズ番組の正解につながっている。

つまり、ラムにとっては「人生を生き延びるために覚えていたこと」が、クイズ番組では「正解を知っている」という能力になる。

人生には、学校では教えてくれない問題がある。

そしてラムは、その問題を嫌というほど解いてきた。

「第六問 タージ・マハル」「第七問 殺人者」「第八問 英雄」「第九問 アンダーグラウンド」と物語が進むにつれ、クイズ番組の華やかな世界と、ラムが生きてきた世界との落差がどんどん大きくなっていく。

ところが、この小説は単なる社会派小説ではない。

ラムの語り口にはユーモアがあり、悲惨な出来事の中にも、どこか人間のおかしさがある。

そして何より、「運命」という言葉が物語全体を貫いている。

本当に人生は運命によって決まっているのか。それとも、偶然の出来事を後から振り返ったとき、人間はそこに「運命」という物語を見つけるのだろうか。

読み進めるほど、最初の疑問――「なぜ、この少年は全問正解できたのか?」――が気になってくる。

最後まで読んでみると、クイズ番組の問題そのものよりも、ラムがこれまで生きてきた人生そのものが、一つの巨大なクイズだったのではないかと思えてくる。

貧困の中で生きること。誰を信じるか。誰を助けるか。逃げるか、立ち向かうか。

人生には、正解が用意されている問題なんてほとんどない。

それでもラムは、そのたびに答えを選んできた。

華やかなクイズ番組の裏側から始まり、インド社会の現実、人間の欲望、友情、愛、そして運命へと話が広がっていく。

100億ルピーを当てた少年の話ではない。人生というクイズに、最後まで生き残った少年の話なのだ。

「次の問題の答えは、なぜ彼だけが知っていたのか?」

この一点が気になったら、もうページをめくるしかない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました