『神々の指紋』(グラハム・ハンコック)の内容とは?

「もし、私たちが知っている人類史よりもはるか昔に、高度な文明が存在していたとしたら?」

そんな問いを本気で追いかけていくのが、グラハム・ハンコックの『神々の指紋』である。歴史書というより、古代遺跡と神話を手掛かりにした巨大な謎解き小説のような本だ。もちろん、その説には考古学・歴史学の側から強い批判もある。それでも、一度読み始めると「本当にそうなのか?」とページをめくりたくなってしまう。

物語の出発点となるのが「地図」である。第1部「地図の謎」では、1513年のピリ・レイス地図などが取り上げられる。日本語版の紹介にも、そこには当時まだ発見されていなかった南極大陸らしき姿が描かれ、さらに氷床の下の地形まで示されている、という驚くべき問題提起が紹介されている。

そこからハンコックは、南米へ向かう。第2部「海の泡――ペルーとボリビア」では、ナスカ、ティワナク、インカ、そしてビラコチャと呼ばれる謎の存在が登場する。目次にも「巨人は存在したのか?」「世界の終わりに彼は来た」「太陽の門の都市」など、いかにも想像力を刺激する題名が並んでいる。

さらに第3部「羽毛ある蛇――中央アメリカ」では、マヤやアステカ、テオティワカン、ケツァルコアトルなどを追跡する。「世界の終わりの血と時間」「蛇の民」「世界の終わりを計算するコンピューター」「神々の都市」といった章題からも分かるように、ハンコックは古代文明の神話を単なる宗教的な物語としてではなく、何らかの過去の記憶を伝える暗号として読み解こうとする。

そして本書の核心へ入っていくのが、第4部「神話の謎――記憶喪失の種族」と第5部「神話の謎――歳差運動の暗号」だ。

ここで登場するのが、地球の自転軸が長い時間をかけて動く「歳差運動」。ハンコックは、古代の神話や遺跡、星座との対応関係を調べることで、そこに一つの巨大なメッセージが隠されているのではないかと考える。

つまり、かつて高度な文明が存在し、約1万年以上前の大災害によって滅亡した。しかし、その生き残りが世界各地に知識を伝え、それが神話や遺跡として残ったのではないか――という仮説である。ハンコック自身も本書を「失われた文明」の可能性を追う旅として提示している。

後半の第6部・第7部では、いよいよエジプトへ向かう。「ギザへの招待」「永遠の主」と題された章では、ピラミッド、スフィンクス、オシレイオンなどが次々と登場する。「墓と墓だけ?」「異常」「神によって造られた」「スフィンクス」「地球の測量」といった章題を見るだけでも、ハンコックが通常の古代エジプト史とは違う見方をしていることが分かる。

そして最後の第8部のタイトルが「遺体はどこに?」なのが面白い。

これまで大量の「痕跡」を追いかけてきたのに、肝心の失われた文明そのものは見つからない。だからこそ、ハンコックは「痕跡」から存在を逆算しようとする。

本書の魅力は、結論そのものより、この「もしかしたら?」を連続させるところにあると思う。

ただし、ここはかなり重要で、『神々の指紋』をそのまま現在の考古学的事実として読むのは危険だ。ピリ・レイス地図の解釈や古代文明の年代、遺跡と星座との対応などについては、学術的には異論が多い。ハンコック自身も、既存の歴史観そのものを問い直す立場を取っている。だから本書は「失われた超古代文明が実在したことを証明した本」というより、「現在の人類史を別の角度から眺めてみるための大胆な仮説」として読むほうが面白い。

それでも、読んでいると妙な気分になる。

ピラミッド、スフィンクス、ナスカの地上絵、マヤの暦、古代神話、洪水伝説。それぞれ別々に見えていたものが、「実は一つの物語なのではないか」とつながっていくからだ。

そしてハンコックが最後に投げかけるのは、古代人は本当に何かを知っていたのではないか、という問いだけではない。

「過去に起きたことは、もう一度起こるのではないか」という問いなのだ。

古代文明の謎を追いかけていたはずが、いつの間にか「私たちの文明は大丈夫なのか?」という現在への問いに変わっている。

そこまで読者を連れていってしまうところが、この本のいちばん恐ろしいところなのかもしれない。

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